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魔女と封建制度



資料・★魔女狩り
魔女狩り(まじょがり)とは、キリスト教国家で中世から近世に行われた宗教に名を借りた魔女とされた人間に対する差別と火刑などによる虐殺のこと。根拠は聖書、旧約聖書の出エジプト記の律法を述べた22章18「魔女(ヘブライ語メハシェファ)を生かしてはならない」であった。
魔女と判断された人間が拷問や一方的な裁判の末に残虐なやり方で死刑に処されたもので、犠牲者は200万人とも300万人とも言われている。そのほとんどは下層階級や異教徒、非白人などの社会的弱者・マイノリティーであったのも大きな特徴である。魔女は女性が多いと認識されており、被害者の大半は女性であったが、「男性の魔女」というのもあった。これは迫害対象としてのカテゴリー化で、いわゆる「魔術師」「魔法使い」とは別なものとされた。
★異端審問と魔女狩り
魔女の火刑異端審問とは12世紀末、南フランスでアルビ派、ワルドー派といった異端が勢力を得たため、1209年、ローマ教皇インノケンティウス3世は異端に対する討伐軍を派遣し、徹底的な弾圧を行った(アルビジョア十字軍)。1229年頃までにアルビ派は衰退したが、他国にも異端運動が起こりつつあった。危機感を抱いたグレゴリウス9世は1233年に異端審問官を置くことを決めた。 異端審問は徐々に激化し、被疑者の拷問、処刑などが行われるようになる。当初、呪術使いである魔女とカトリック教理に反する異端とは区別されていたが、アヴィニョン捕囚期のヨハネス22世は1320年に魔女を異端として処罰するように命じた。土着宗教の信仰対象はキリスト教によって悪魔であるとされ、それにすがる者は悪魔の協力者であるとして異端審問の対象とされた。

★魔女狩りの広がり
15世紀中頃、異端審問官ヤーコプ・シュプレンガーとハインリヒ・クレーマーが『魔女の鉄槌』(1485年)を著し、その中で魔女の定義を述べている。悪魔と契約した女性としての魔女像が広がっていくこととなる。当初は社会から浮いた存在であった人々が犠牲となっていたが、次第に利害関係の対立相手から魔女として告発されたり、天災や病気の発生、噂や奇術師などまでが根拠となって告発されたりなどするようになっていった。 教会は魔女を処刑するとその財産をすべて没収していたため、教会にとって魔女狩りは大きな利潤を伴う事業となっており、魔女をできるだけ多く自白させるために教会は注力した。また、「魔女を見分けることができる」と称する人々が現れ各集落を訪れ次々と魔女を告発することもあった。これらの告発者には羊飼いを本業とするものが多かった。これは羊飼いが自然と接することにより力を得るとの迷信や、キリスト教で羊飼いが聖なる職とみなされていたことに由来するともされる。魔女狩りによって捕らえられた人々は魔女裁判にかけられた。この裁判では無実の判決が下る可能性はほとんどなく、火刑に処せられることもあったことから「火刑法廷」とも呼ばれた。魔女狩りは中世特有のものではなく、ルネサンス、宗教改革の時代を経て、さらに激しくなり、プロテスタント側も魔女狩りを行い、1600年を中心にした100年ほどが魔女狩りの最盛期であった。イギリスの魔女狩り令は1736年まで存続していた。アメリカ合衆国でもしばしばこういった事件が起こり、特に1692年ニューイングランド地方のマサチューセッツ州セイラムで起きた「セイラムの魔女狩り」事件は有名である。その時、有罪の判決をした判事の子孫は、魔女狩りをテーマに彼の代表作とも言うべき小説を書いた。ナサニエル・ホーソーン(1804年-1864年)の『緋文字』がそれである。あやふやな不倫の疑惑で、家から社会から放擲されていく女性の悲劇を描き、アメリカ文学史の傑作といわれる。なお、残念な事に「魔女狩り」は21世紀の現在も非公式な形で行なわれている。2000年10月、オクラホマ州タルサで、パブリックスクールに通う女生徒が“白魔術に関する本を読んでいた”“掌に六芒星型の痣がある”“教師を魔法で病気にした(但し因果関係は証明されていない)”などの理由で学校から魔女とされ停学処分になった例、2001年2月にはミシガン州で、12歳の女の子がやはり白魔術に興味を持っていたという事でいじめに遭い、自殺した例があるという。Reading & Channeling
中世、ヨーロッパは封建制度の中で悲劇が繰り返されてきました。
代表的なのが魔女狩りと魔女裁判です。そして現在も世界のどこかで人権を無視した悲劇が繰り返されています。貴族階級とキリスト協会は聖書の内容を都合のいいように解釈を加えて社会を支配していました。キリスト協会が説く聖書の教えは全て真の正義であるかのようにイエスキリストの名のもとに大名義分を掲げて弱い農姑階級の不満やストレスを特権階級からそらすために同じ階級の中にイエスキリストを否定する悪魔と契約した魔女がいると群衆心理を煽り統一しようしました。特権階級が仕掛けるマインドコントロールは群衆の心理を同じ農姑階級に向けされることによって上級階級の非難をかわす目的と農姑階級を統一する目的の為に使われてきました。また女性という弱い立場をターゲットにすることによって男性主義社会を維持する目的もありました。その犠牲なっていたのが魔女扱いされた女性です。歴史の真相を探るため魔女とされた最初の被害者をリーディングします。西暦1628年5月24日 フランス人の女性、年齢40歳、栗毛色の髪とブールの瞳、身長165cm、体重48㎏ 、そして2歳になる娘がいました。彼女は自分の娘が生まれながらにして病気がちなために何とかこの子を健康してあげようと色々な書物を読み薬草の研究をしました。努力が実り薬草によって娘の病気を治しました。娘の病を治した彼女は自分の娘と同じ病気で悩む人たちに薬草の知識を広めていきました。その評判は国全土に広まり薬草で病気を治す奇跡の母と呼ばれるようになりました。しかし、有名になるにつれて魔女の薬草で病気を治してると悪い噂が立ち始めました。彼女は薬草の正しい知識だと弁解しましたが、医学知識の乏しいこの時代に医師でもない普通の女性が病気を治すことなど出来ない!おかしいと貴族の医師が騒ぎ出しました。貴族階級と関りが深いキリスト協会は旧約聖書中の一文を医師の名誉を守るために勝手に書き変えてしまいました。病を治したり奇跡を起したりする女性は悪魔と契約した魔女である。イエスキリストの名において魔女はこの世から抹殺しなければなれないと書き変えられてしまいました。次の週の金曜日、キリスト協会は民衆を広場に集め聖書の書き換えた一文を読み上げ、貴族から弁護人・協会からは裁判人を選び火刑法廷裁が行われました。全ての裁判は魔女として有罪となり火あぶりの刑に掛けられました。幼い娘は痛ましい母親の火刑を目の前にして泣き叫びました。声が枯れるまで泣いても涙はとめどなく流れ落ちます。無実の罪で処刑にあった被害者の魂はメッセージを伝えています。これから何百年経とうが国を動かす力が善良な民衆の力の集まりで無い限り非合法的な殺戮や裁判が正義の名の下にまかりとおり歴史は繰り返されて私のような被害者を大勢つくるであろうと魂は叫んでいます。今もなお忌まわしい歴史が繰り返され世界各地で大勢の被害者を出しています。世界の大国は歴史に目を向け過去を反省して民衆の力による国をつくることが大事だと思います。わが国も過去の悲劇を繰り返さないためにもっと、国民優先の国造りが必要です。私は中立的な意識で過去の悲惨な歴史を繰り返さないよう働きかけていきたいと思います。
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